霊界の最高機密七

なぜ、人間だけが自由意志を与えられたのか

神が人間を創り、五情の戒律をふくむ一霊四魂を与えたが、さらに自由意思という大きな贈り物をつけ加えた。自由意志を持つのは人間だけで、他の動物や植物にはない。彼らはSEXをしたくてSEXをしているわけではない。種の存続を計るために本能的にSEXしているだけである。それに較べて人聞は、いつどこで誰とするか、妻との睦びあいであるか、愛人との快楽としてするか、子孫を残すためにはげむのかなどを自由に選べる。避妊というものを考えだしたのも人間だけであろう。神がそのような卓越した生きものを創った以上は、人間こそがこの地上の神である。神の代行者として、人聞は「その肉体と一霊四魂を使って、この地上に自由な絵を描いてみなさい」と任されたのだ。神は基本的な設計を示し、細部はお前の自由意思を使って好きに描いてごらんという。もし神が細かい設計図を引くのであれば、人間に自由意志など持たせる必要はなかった。最終的にはこの地上に万民和楽の楽園を造りたいという神の大欲望がある。そのためには、楽園に住むにふさわしい人聞を育てねばならない。人造りには、正しい教えが必要になる。それにしても、なんと倣慢で、欲ばりで、争いたがりで、嫉妬深く、身勝手な人間ばかりこの地上に増え広がったものか。神が自分に似せて人間という自由に考える人形を造ったが、まず失敗作を世に放ってしまった。私たち人聞の持つ時間の感覚で言えば、千年、二千年という年月は長く感じるが、神の目から見たらそれもほんの一瞬に過ぎない。だからまだ未完成の人形を造っている最中に、その作品の出来、不出来をいうこと自体がおかしいのではないか。王仁三郎は歌っている。人間に邪曲のあるは造化力の  巧妙すぎしと悔やます大神造っていながらまずいと思えば、多少の手直しをすることはあろう。しかし、その作品自体を否定することはない。最近よく言われるのは、「終末予言」である。だが人聞がその引き金を引くことはあっても、神の意志でこの地球を崩壊させることは絶対にない。神はこの地上に一大楽園を造りたいという大欲望を持つと前述したが、そのために気の遠くなるような時聞をかけて宇宙を創り、生命をかもし、最後に芸術作品ともいうべき人体を創った。その目鼻がやっと出来た段階で、神の意志で人類を滅ぼしてしまえば、それこそ自己矛盾に陥る。ここで注意してほしいのは、人間が自由意志で自分たちの将来を決めるといっても、その自由意志に強く影響を及ぼすものが存在するということだ。宇宙の実体界である霊界は、正神界と邪神界に大別されるのだ。そしてそれぞれが人間に向かって内流を流し続けている。正神界に十の力があれば、拮抗する邪神界もまた十の力をもつ。入間の外分に影響を与えて、自分のほうに意識を向けさせようと巧妙に仕組んでいる。どちらの想念を受けるかで、人間の自由意志も変わってこよう。