霊界の最高機密 12 一厘の仕組み
 最近、ある人から、「不思議な歌ですね」と王仁三郎の『讃美歌』の三〇〇」の項を見せられた。この歌集は『霊界物語』第六十一巻、六十二巻に収録されていたもので、数首ごとにまとめて番号がつけられ、それは全部で五六七の弥勤の吉数である。讃美歌は、第二次大本事件までは、神前で礼拝用として歌われていた。戦後、大本本部ではこれから恣意的に抄録して、信徒に配布している。愛善苑では、神前礼拝用に、六十一、六十二巻の歌すべてを一冊にまとめている。
三五の 神の教の広ければ 狭き心のいかで知るべき頬杖を ついて何ほど調ぶとも 隆光る神の胸は分らじ目に皺を 寄せて吐息をつきながら 悟らむとする 人のをかしさ惟神 神の御胸をさとらむと 思へば元の赤子となれ頼りなき 智慧や力を頼みとし 千年ふるとも悟り得ざらめこの経論 早く世人に解りなば 神の希望は永久に立たず
前にも読んだ歌であり、『霊界物語』拝読のための注意だろうぐらいに読み過ごしていた。膨大な『霊界物語』を初めて読もうとする人は、その中から秘められた神秘を発見しようという野心を持ちがちである。王仁三郎はその傾向をいましめ、「霊界物語は頭で理解しようとせず、生まれ赤子の心で読め」と、常々述べていた。「別に不思議な歌だと思わないけど…」「そうですか? この最後の歌ですよ」改めて六首目を読み返して、愕然とした。大本の独特の用語を覚え、文献を読み慣れて来ると、目で字を追うより先に頭が勝手に思いこんでしまう。六首目の歌にしても、私は「世人に解りなば」を勝手に「世人に解らねば」と早とちりしていたのである。神の心を誰も理解しないから、経綸が遅れていると思いこんでいた。「ふーん、けど、しかし考えてみれば、その通りではないか。神が大本をひな型として第二次大本事件を起こし、地上から抹殺する方針で弾圧を加える。それを六年後、太平洋戦争の敗戦へと移していく。これによって軍国主義絶対の天皇制国家から民主国家へ改造することが神の大経論だとしても、あの無惨な大本弾圧を世間が予知したとすれば、大本に近寄る者もいまいし、信徒たちもまたその前に身の安全を願ってさっさと教団から逃げる者が続出するだろう。保釈後の王仁三郎は、隠れしのんで面会にくる出征兵士たちにひそかに忠告する。『今は悪魔と悪魔の戦いで人殺しの戦争だから、カの強いほうが勝つ。鉄砲は空に向けて撃て」日・独・伊の敗戦は、王仁三郎によって、早くから信者たちに口伝えに知らされていたのだ。解つてはならず、解らねばならず…。その上、筆先には『一厘の経論(しぐみ)」という言葉がある。神の経論は九分九厘まで解ったとしても、あとの一厘は誰にも知らされない。「九分九厘でどんでん返すぞよ」ともいう。こうだとつかんだつもりで天狗になっていても、最後の一厘で逆転する。「あふんとする」人たちが、これまでどれだけ多かったか。
王仁三郎作詞の大本基本宣伝歌(『霊界物語』第一巻-冒頭にある)は示す。朝日は照るとも曇るともたとへ大地は沈むとも誠の力は世を救ふ三千世界の梅の花聞いて散りて実を結ぶこの世を救ふ生神は高天原に神集う
神が表に現はれて  善と悪とを立別けるこの世を造りし神直日  心も広き大直日ただ何事も人の世は  直日に見直せ聞直せ身の過は宣り直せ。  
そうなんだ。すべては神にゆだねて、ただひとつ誠を尽くす。それしか゛救い゛はないのである。