霊界の最高機密 14 死刑廃止論

 話は横道にそれるが、王仁三郎は死刑廃止論者であった。私は死刑廃止論については勉強したことが無いが、その根拠はおそらく次の理由によるものであろう。一つは、たとえ罪人といえど、人が人の命を断つことができるのかという命の尊厳に関する根本的な問題。次にもし処刑した後で無実だと判ったら、どう償うのかという道義的な問題ではないだろうか。だが王仁三郎の死刑廃止論は全然別の次元である。明治四十三(一九一〇)年五月二十五日、社会主義者、無政府主義者ら数百名が全国各地で検挙され、そのうち幸徳秋水ら二十六名が明治天皇暗殺を計画したとして、大逆罪の容疑で起訴された。同年十二月十日より大審院刑事特別法廷が非公開で開かれ、翌年一月十八日、スピード判決。二十四名の被告が大逆罪で死刑、二名が爆発物取締罰則違反で有期懲役。翌日、死刑囚の半数を無期懲役に減刑した。一月二十四日早朝から、幸徳秋水ら十一名の死刑が東京監獄の絞首台で執行され、翌日には管野スガも刑死する。この事件の大半は当局のデッチ上げで、関係者はせいぜい四名、幸徳秋水その他大半は事件とはまったく無関係であったと言われる。桂内閣が幻の全国的大陰謀団を作り上げ、国体の名を借りて、無政府主義者グループの一網打尽をはかったものであろう。この大逆事件を号砲として、あらゆる社会主義運動、民主主義運動への弾圧は強化され、その延長線上に第一次、第二次大本の弾圧がある。大逆事件の全国一斉検挙が行なわれた朝、まだ地方の小教団「大日本修斎会」(大本の旧名)にまで、当局の子が伸びる。この日、王仁三郎は地方へ宣教に出ていて留守であった。以下実録出口王仁三郎伝『大地の母』九巻(全十二巻。出口和明著、愛善出版刊)少々長くなるが引用する。王仁三郎の死刑廃止論は、こうである。澄が八重野(王仁三郎三女。和明の母)を抱いて乳を呑ましているところへ刑事が入って来て、居丈高に命じた。「取り調べることがあるから、すぐ警察へ来い」刑事が竜門館(大本の建物)へ顔を出すのは珍しいことではない。澄は乳を含ませた姿のまま、片頬にえくぼを浮かべた。「どんなことやらしりまへんけど、主人は居りまへんで。ちょうど赤ん坊が乳呑んどる最中やさかい。ちょっと待っとくれなはれ」刑事は、余裕のない声を甲走(かんばし)らせてわめいた。「何をぬかす。お前らの子が一ぺんや二へん乳呑まんかてかまわん。さあ、立て」澄の頬からえくぼが消えた。お前らの子が…と侮蔑をむき出した刑事の言葉が澄の心を煮え立たせた。上と下、富める者を尊び貧しい者をいやしむことに何の疑念すらおぼえぬ人種への、激しい嫌悪に身震いした。八重野を背にくくる間ももどかしく、強引に警察に連行される。刑事たちの緊張ぶりは異様だった。何の嫌疑やら分からぬままに、出入りの新顔信者などについて、澄は根掘り葉掘り聞かれた。危険を本能的に知って、澄の答に当たりさわりはなかった。王仁三郎、湯浅仁斎(当時の幹部)のいない竜門館では新聞を読む者すら無かったが、大本のような田舎の微々たる一教団に対してすら、大逆事件の余波はうち寄せていたのだ。立替え立直しなど社会主義の革命思想と同じ系列ではないかと、当局の神経はいら立っていたのだろう。澄はその日のうちに帰された。幸徳らの死刑が報じられた時、澄の心中は穏やかではなかった。挑むような目で、王仁三郎に食い下がっていく。「先生、あの人たちは、ほんまに死刑になるほど悪いことしちゃったんじやろうか。天皇さんを殺そうと相談しただけで、別に殺したわけやなし…それでも十二人も殺されんならんのやろか」「大逆罪というのは、そう法律で決まっとるのや。天皇一族に対して危害を加えようとしたというそれだけで、もう大逆罪が成立して死刑。否も応もあらへん。墨で書いた文字を墨で消してつぶしてしもたのといっしょや。真相はわしらには読みとれん」「憎いもんは憎いと思う、その気持ちまで止めることはできまへんやろ。天皇さんの警察かしらんが、かさにかかって『お前らの子が…』などと言われた時は、うちかてほんまに口惜しゅうて口惜しゅうて…」王仁三郎は、無念の涙すら浮かべている妻をじっとのぞき込んだ。「お澄…お前…天皇と神さんと、どっちを信じる…」王仁三郎の声は低く暗かった。「決ってますがな。なんでそんな阿呆げたくらべ方せんなんのです。人間より神さんが偉い…」「天皇は人間やない。現人神やそうな」「そうか知らんが、それでもこの世を乱らかした神ですやろ。国祖(艮の金神)を艮へ押し込めた側の…」言い放つ澄の目の色にひるみはなかった。王仁三郎は暗い目のまま押し黙った。筆先を信じる以上、澄をとがめるわけにはいかない。弊帛共進使(へいはくきょうしんし)にたてついた時、王仁三郎の覚悟はすでに決していたはずではないか。「むかし、支那に老子という人がいてのう、『貴族なければ賤族なし』と言わはった」「何やいな、その匪賊とか山賊とか…」「ハハハ…匪賊ゃない、貴族や。つまり生まれながらに特権を与えられた階級、身分の高い人たちのことを言う。本来、神さまの目から見れば等しなみ、人は神の子、神の宮や。筆先ではそれを一列に人民という表現がしてある。ところが人間が勝手に貴族という特権階級を作り上げるから、その対立概念として賎族…いやしいとされる家柄が作り出される。江戸時代、士農工商という階級が作られ、その頂点に将軍がいたが、絶対的権力を持つ将軍すら神にはならなかったし、死んでから神に把り上げられたのは…気の毒に、家康だけや。ところが明治政府は天皇を現人神に仕立て上げた。神とは隠身、肉体を持たぬ存在であるべきやのに、『日本書紀』の日本武尊(やまとたけるのみこと)なぞの言葉を引っ張り出して、現身を持ってこの世に現われた神などという観念を作り上げた。そんなものができれば、当然、差別は助長される」「お筆先には『天も地も桝かけ引いたごとくにいたすぞよ』とありまっしゃろ。人間の中に尊いもんとか卑しいもんとか、そういう特別な人間をつくらないと言うとってじゃのに…」「その通りじゃ。その結果、『神もぶつじ(仏事)も人民も、勇んで暮らす世になるぞよ』と神さまは約束してなはる。そのためにこそ立替えが必要になる」「けどこの頃、教祖はんのことを『大神さま』という人が増えてきましたで」「困った風潮や。大神さまが教祖はんの肉体にかかって筆先を示されることはあっても、教祖はんそのものが大神さまやない。教祖はんを敬慕する気持ちは分かるが、贔屓のひき倒しで、そのことがどんなに神さまの御無礼になっとるか、やつらは気がつかん」「先生、立替えいうたら、今まで絶対やと思うていた考えをひっくり返すことでっしゃろ。天皇さんをもし殺したら、天皇さんは神でなくなる。やっぱり人やったわいなあと、みんな思いますやろ。人よりは神さんが偉いのに、神さんを押し込めといて、天皇の方が偉いと言わせることも、もうなくなりますやろ。それで世の中がひつくりかえるのなら…考えるだけなら、うちかてそれぐらい考えますで。幸徳秋水らの考えたこととうちらと、どこが違うとるんです」澄が光る眼で押してきた。「ひっくりかえすのは、ものの形やない。まず霊魂の立替えからとお筆先にもある。幸徳らの見るのは体にすぎん。体を壊そうとすれば、血も流れるわい。わしらの念ずるのは霊体一致の革命や。革命というのは、人為の力で、人間の智慧の限界内で、理想世界と思われるものを築き上げることやろ。けど、理想世界と思われるものが錯覚でなかったという保証はない。立替え立直しは、神の示す理想世界を、神の助けを借りて人間がなし遂げようとするもの。言うならば、神と人間との協同作業や。霊が変れば、自然と形も変わる。制度も正されるはず。体の内側の霊のあり方まで変えなんだら、本当の革命、つまり立替え立直しはできんのや。天皇を殺そうと考えたのがほんまやったら、幸徳らは間違うとる。けれど、その間違いを死刑で正そうとした天皇政府のやり方は、なおのこと大間違いや」「……」低い暗い調子ながら、王仁三郎は信念こめて続ける。「国家社会の実情を憂うる者が、世を毒する元凶を殺そうとするのは、霊主体従の律法を厳守しようとする国祖が艮に押し込められて以来、野放しとなった。神武天皇の昔から殺し殺されの歴史はあかず繰り返されてきた。たしかに殺して片付けるのが一番てっとり早い局面の展開とはなろう。しかしそれで世の中は平和になりはせん。現に戦争はいまだに絶えんやろ。長い白で見たら、おそろしく無駄なことや。明治維新の時も、そういう誤った信念で多くの惜しむべき人材が凶刃に倒れたし、これからだってあるやろ。だがそんなことをしても、世の中のためには百害あって一利なしや」「….」「人聞が殺すことができるのは肉体だけや。それをみんなは長いこと忘れとるのや。切ったり、焼き捨てたり、水に流したりして、形さえ見えなくなれば、それですべては済んだと思うとる。そんなちよろこいもんかい。心は刃で斬れはせん。肉体を失い、恨みを呑んだ霊魂はどうなるか。必ず新しい人に憑依して、あるいは生まれ変わって、前世以上の力を発揮する。仇を報じようとする。七生報国の忠臣の魂が生き続けているように、逆賊の魂かて同じこっちゃ。だから、一部流血革命家が考えている一人一殺主義は、かりに一人を殺したところで、かえって新進気鋭のその後備(こうび)軍を前線に誘導して、味方の不利を招くだけの結果になる。悪因縁を積み重ねるだけや。力によって平和など、永久に来はせんわい」「…」「死刑やその他の体罰によって社会を善導しようとするのも、同じ意味で無益なことじや。人が人を殺す権利はないという議論はさておいても、死刑にされた者の魂魄はさらに怨恨を増して邪気を凝らせ、次々と他の人間に作用するから、社会はちっとも清まらん。まして為政者のために邪魔な思想家や主義者を政略的に投獄し、どれだけ殺してみても、彼らは魂魄と共にかえって根強く思想を残す」「ほんならどうすれば良いのやろ」「かつて水戸公が、孝の道を知らない罪人に孝道を教えること三年、道を悟らせてから刑を執行したという。犯罪者には自ら犯した罪の恐ろしさを徹底的に悟らせ、その霊魂を正しく省みさせることや。日本には古くから言向(ことむ)け和 (やわ)す』という美しい言葉がある。言霊戦で邪に勝つのが惟神(かむながらの)大道。それ以外に誠の道はないとわしは思う。けどのう…言霊で勝てる世の中はまだまだ遠い。わしらの身にも、やがて大峠はくる。お澄、覚悟せいよ。けれどわしらの魂魄は永遠に死なぬ」王仁三郎は灰色の雪雲を見つめていた。