第四章 誰もが知りたがった霊界の最高機密 

Ⅲ大預言者・出口王仁三郎の嘆き


 王仁三郎の預言者としての評価は、すでに戦前から高かった。王仁三郎は『神の国』昭和十年九月号に「心境を語る」と題して述べる。
余は人である『よきにつけ悪きにつけて世に響く、わが言の葉にみづかる恐るゝ』世間の人々は誰でも「此の内閣はモウ二ケ月持たない」とか「今にヨーロツパに大戦争が起きる」とかいふ様なことを日常茶飯事として相語り、又それを耳にする人々も平気で互いに聞き流して居る。それだのに余が雑談に其れと同様のことを一度口にしたら、直ちに其れが、神秘の言葉となり、予言警告となって次ぎ/\に言伝へられ、忽ち世に大いなる波紋を描いて広がつて行くのである。それで余を囲む幹部達は、「どうか軽々しく事を云って下さるな」と余に忠言するが、然らば幹部達は、余が人間として物を思ひ、人間として其れを語るのが不可だとでも言ふのか。如何にも今日の大臣達は、「此んなことを云つたら世間から攻撃されはしないだらうか。斯う云はねば自分に責任が掛りはしないだらうか」と、最も慎重に心を配って、一言一句と雖も忽せにしないように努力する。其れが、明哲保身の法と云って、現代人の最も尊重するところである。 だが余は其の明哲たらんことを欲せざるものである。況んや神様と見られることに最も迷惑を感ずるものである。余は唯本当の「人」たらんことを欲し、赤裸々なる「人」として言動せんことを欲するものである。 余が幾日も雨降らぬ空模様を見て、「今年は空梅雨ぢゃナ」と言ふ。恐らく本年の六月、雨降らぬ青空を眺めて、余と同じ言葉を発した人は全国に幾千万人を数へたであらう。それは至極平凡な、何ら問題にすベき程のことでは無いのである。然るに余が斯く発した言葉は、忽ち全国津々浦々に言伝へられ、至る所に「大旱魃来」の警鐘が乱打されるのである。余が云った一言が、如何なる人々に依って、又如何なる心理の下に斯く伝達されるか、余は充分に其の所以を知って居る。 余が口にしたといふ事を、場所柄も弁ヘず、真意をも了解せずして、只管誰よりも早く出来るだけ広く触れ廻ることに、無上の歓喜を覚える者があるらしい。又変ったことを言つて人々を驚かしてやらう、といふ考へから余の言葉に尾鰭を附けて吹聴する人間もある。その他、余が、流言飛語の張本人だと宣伝することを商売にして居る人があるかも知れぬ。 それで幹部達は余に、「言葉を慎んで頂き度い」と云うのである。だが余は、そんな事を恐れて「人」たることを廃業する必要は少しも無いと思って居る。 余は、世間から斯る誤解を受けることが必ずしも余自身の為に不利益であるとすら思って居ない。斯る誤解から轟々たる非難の声が起って、余の為に騒ぎ立てる世の中をジツト眺め、その為に自分がヘた張るかどうかと静かにその行末を視守ることも亦面白いではないか。
予は苦労を求める 総て人間といふものは鞭打たれなくては駄目である。非道く負かされた経験の無い武術家の腕前は知れたものである。強い敵を持てば持つ程、その力は充実して来る。敵と馴合つたり、敵を避けたりするのは問題外である。山中鹿之助が、『憂きことのなほ此の上に積れかし、限りある身の力ためさむ』といつて、常に三日月を拝んで武芸を練つた心境は、洵に床しいものがある。 人間は打たれなくては真の力は出て来ない。敵が無くなつた時は既に衰亡の日であるのだ。而して打たれて撓まず、強敵にも屈せぬ精神こそ無限に伸びて行く生命力なのである。神は日本を特に愛し給ふが故に、次ぎ/\に幾多の大なる試練を与へて我国を鍛へ給ふのである。 明治維新以来日清戦争、三国干渉、日露戦争、関東震災、国際聯盟脱退等々、而して之等の試練が常に躍進日本の大きな節々をなして来て居るのである。 故に男児の国日本を背負つて立つ為政者達は、斯の所以をハツキリと認識して勇往邁進の気魄を持たねばならぬ。果して今日の為政者に此の強き気魄が溢れて居るかどうか。後世の歴史家をして「憂柔不断、国家の大事を誤てり」の嘆声を発せしめない様に努力しなくてはならない。 殊に宗教に迫害がなくなつた時は、既に其の生命を失つたものであると知らねばならぬ。過去の宗教史を振返つて視よ。圧迫を加へたパリサイの徒が正しかつたか、迫害を受けた耶蘇が悪かつたか。而して、既成団体から排斥を受け圧迫を蒙らなかつた宗祖が、果して東西古今一人として存在したかを思へ。 余は世間の誤解を恐れ世人の非難を案じて翼々たる生活を送るよりも、仮令余の言葉に全世界が立騒ぐとも、それを言の葉の上に浮び漂ふ露と観じて、考へたいことを考へ、言ひ度いことを言ひ得る本当の「人」たらんことを欲するものである。その言葉を担ぎ廻り度い者は勝手だ。誤解をされるのも仕方が無い。そして其の為に非難を受けることも亦面白いでは無いか。 雪や氷に閉された草木ですら、伸びよう/\とする不断の努力が報ひられて、春の光に生命の喜びを味ふことが出来るのだ。流れ/\て止まらぬ水は、必ず最後は大海に注ぐものである。故に自分は過去の一切に対して悔言は云はない。と共に将来に対して決して悲観はしない。斯して過去の総ての苦患が成功として今日酬ひられて来た。而して現在の辛酸が又必ず未来の成果を齋らすものなることを確信して、唯躍進の一路が余の前にあるのみである。
皇国の前途を思ふ 而して余は非常時日本の前途に、斯る意味に於ける強烈なる歓喜の躍動を覚えるものであるが、又同時に一種の心痛を禁じ得ないものである。と云ふのは、神は日本を愛し給ふが故にこそ日本国に強烈なる試練を降し給ふのである。まだ/\余は我国の非常時が此れで降り坂になつたとは思はない。否此れから愈々峻路に差し掛かるものと思つて居る。 天災地変はまだ/\来るかも知れない。だが果して其の時に上は大臣から下は庶民に至る迄確固不抜の信念に立つて一糸乱れず皇国の使命に邁進することが出来るであらうか。勿論出来る人もあらう、だが出来ない人もあるかも知れない。殊に我国の指導階級にして万一にも斯の信念が揺ぐ様なことがあつてはと、余はそれをのみ常に心痛めるものである。
『露の玉霜の剣を幾十度か、あみて血潮にそむるもみぢ葉』(「神聖」昭和十年九月号)

露の玉霜の剣を幾十度かあみて血潮にそむるもみぢ葉
これは、「日本の岐路」と「指導階級」を散って行くもみぢ葉に見立てて、さりげなく歌ったものか。「余は人である」と当たり前のことをいわねばならぬ王仁三郎の苦哀が察しられる。本当のことをいえば流言飛語を流したとして罰せられる。だがある程度のことは漏らしておかねばならぬ。この文を発表した三ヵ月後、王仁三郎は獄舎の人となる。迫り来る苦難を予測し、信者にもそれとなく覚悟を促し、日本にもまだまだきびしい試練があることをそれとなく告げる。しかし明かせないこともある。