大正初期に予告一目された「いろは歌」の驚くべき正確性[いろは歌]
 ○りう球につづく台湾ボウコ島、御国に遠きこの島に、心を配れ日本人、外国魂のこゝかしこ、国売る曲の多くして、主人の留守の間鍋たき、柱を崩すカミ斗り、ヤンキーモンキー騒ぐとも、降る雨リカを妨ぐ由なし。

 [り]う球につづく台湾膨湖島、御国に遠きこの島に、心を配れ日本人、外国魂のここかしこ、国売る曲の多くして、主人の留守の間鍋たき、柱を崩すカミばかり、ヤンキーモンキー騒ぐとも、降る雨リカを防ぐ由なし。Oをに大蛇狼よりも恐ろしき、異国魂の奸計(まがわざ)は、口に蜜をば含みつつ、尻に剣持つ蜂の如、大砲小砲の兵器を、残らず反古の紙と為し、尻の穴まで見済して、時待つ時の火車を、御国の空に轟かし、掠め取らんと曲津神、企みは実にも良けれども、日本の国は昔より、神の御幸ちの強き国、人は三分に減るとても、神の身魂は永遠に続く常磐の神国ぞ、異国魂の世の末と、成り定まりし幽世の、神の経綸も白人の、世の終りこそ憐れなりけり。
Oねの国に落行く霊魂を救はむと、厳の御魂の大御神、瑞の御魂と諸共に、綾の高天に現はれて、竜宮館の渡し場に、救世の船を浮べつゝ、待たせ給へど烏羽玉の、暗に迷ヘる人草は、取り付嶋も荒塩の、塩の八百路の八塩路の、浪に漂よい迷ひつゝ、沖の彼方ヘ走せ行くを、救いの船に棹さして、呼ベど叫ベど不知火の、浪のまに/\隠れつゝ、海の藻屑と鳴戸灘、危ふき渦に近寄りて、行衛も波の底の国、流れ行くこそ悲しけれ。
Oくに挙(こぞ)り上は五十路(いそじ)の老人より、下は三五の若者が、男、女の別ち無く、坊主も耶蘇も囚人も、戦争の庭に立つ時の、巡りくるまの遠からず、遠津御神の造らしゝ、御国を守る兵ものと、日本心を振起し、伊都の雄猛び踏み健び、厳のころびを起しつゝ、海往かば水潜(く)しかばね山往かば、草生す屍大君の、御為(みため)に死なむ徒(いたづ)らに、閑(のど)には死なじ一足も、顧みせじと弥進み、いや迫りつゝ山の尾に、追伏せ散らし川の瀬に、追払ひつゝ仇軍、服従(まつろ)え和して浦安の、御国を守れ秋津人、現津御神と大八洲、国知食す天皇の、高き恵みに酬えかし、日本島根の神の御子。「いろは歌」の中の予言と思われる歌を抜粋した。第二次大戦を体験した人なら、「お」や「〈」の項など余りにも生々しく、これが果たして大正初期に予言されたことかと、目を疑うだろう。また「り」の項などでは、琉球、台湾、膨湖島の何やらあやしい気配を指摘し、やきもき(ヤンキーモンキー)さわいでも、攻め来るアメリカを防ぐ方法がないと断じる。「を」や「れ」の後半は一見日本の勝利の予言かに見えるが、他の項と照らし合わせれば、当局に対してのめくらましであることは言うまでもない。これほどまで的確に未来を予言した人が今まであったろうか。